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2006年3月23日 (木)

父の想い出

私の父は警察官でした。小さい頃、父の役所に母と二人でお弁当を届けに行ったことを今でも覚えています。父は若い頃結核を患っており、それが元で私が幼稚園の時、手術しなければならなくなり、約一年近く仕事を休みました。父の入院で母も付き添いをしなければならず、私は祖母のところに預けられ、寂しい思いをしたのを覚えています。

高校生の頃叔母に教えられたのですが、その頃父は覚悟を決め遺書まで書いて、手術を受けたのだそうです…。3度もの手術を乗り越え、片方の肺をとって、父は生還しました。「虎は千里行って、千里帰る」が、母の口癖でした。その後、警察官の仕事はたいへんなので警察事務へ仕事を換えてもらい、なんとか定年まで勤めることができました。母はいつも「お父さんはヒビの入った茶碗と同じ、無理をしたら壊れてしまう。」と言って、重いものは一切持たせず、父をかばっていました。

「一病息災」あれほど体の弱かった父ですが、自分の体をいたわりながら、定年後は悠々自適、大好きな本を読み、シルバー券で映画を見て、元気に過ごすことができました。なにより、共働きの私を助けて、孫の通院から、塾通いピアノの送り迎えと、八面六臂の大活躍でした。私は仕事柄行事が重なると、入学式や運動会にも行ってやれず、入学式の写真にはおじいちゃんが写っていたりします。私があまりに頼りにしてこき使ったので、母には、「あんまりお父さんをあてにしないで」と、言われてばかりでした。子供達も大きくなり、「もう塾も、病院も大丈夫だからおとうさんゆっくりして」と言ったとたん、体調を崩して入院、そこから坂道を転がるようでした。あれほど、弱かった父が、私にあてにされ、気を張って頑張っていた事が、むしろ父を元気にしていたかもしれないと母は言います。

30代で片肺になった父が78まで、本当によくがんばったな~と思います。きっと、天国でも忙しく孫達のところに応援に行っているのかもしれません。

改めて、お父さんありがとう。

二日続けてちょっと重くなっちゃいました。読んで下さってありがとうございます。

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コメント

わたしのおじいさんが警官だったらしいです。わたしが生まれる前に忘年会で喧嘩が始まったのを止めに入って刺されて死んだそうでわたしはおじいさんの顔を知りません。

投稿: バツイチ女のひとり言 | 2006年3月24日 (金) 15時25分

なおさんへ
う~ん いいお父さんですね。
きっと天国から見守ってくれてますね♪
頼りにされてお父さんは 嬉しかったと思います。

投稿: yuka | 2006年3月24日 (金) 17時09分

なおさん、こんにちは。
一度は覚悟を決めていたお父様のことですから、「生きる」事に一生懸命だったのでしょうね。お孫さんの成長に係われるのも心から楽しんでいたのでしょう。いいお父様ですね。
今もなおさんの事、お孫さんたちの事心配で、でも楽しみで空の上からいつも応援してくれていると思います。

投稿: こぱん | 2006年3月24日 (金) 17時34分

お父さん警察官だったですか。厳しかったですか?
うちは、電電公社(NTT)の技術屋さんでした。父親の背中って、よく言いますが、やっぱり子供は見てないようでずっと見てましたね。仕事人間で、不器用で、家でも仕事ばかりやってたような父でした。
現役引いてから、車の免許取ったり、パソコン始めたり、がんばっていましたね。
今もその延長なんですが、もう80過ぎだし、いつまでも続くものではないし、もっと孝行しておかなければね、なんて記事読んで思いました。

投稿: △イチおじさん | 2006年3月24日 (金) 23時59分

なおさん、私も父を使い倒しています。
いざとなったらいつでも出動命令を出してこきつかっています。
おまけにうちの父の場合は、うちがおビンボーなのもすごく心配してくれていて、いつも「金は大丈夫か?!」と聞いてくれます。^^;
なおさんの記事を読ませていただいて、心配ばっかりかけてるけど、父の励みかも、と思えるようになりました・・・。

なおさんのお父様、とてもあったかくて優しい、素晴らしい方だったんだな、ってジンジン伝わってきました。
素晴らしいお話を有難うございました!

投稿: うかっちょ | 2006年3月25日 (土) 00時13分

バツイチさんへ
おじいさまが、そんなことに…。たまらないですね。
警察官は実際、危険と隣あわせのところもあり、父の同僚も亡くなった方がいます。
それにしても、バツイチさんのおじいさまは、正義感のお強い方だったのですね。

投稿: なお→バツイチさん | 2006年3月25日 (土) 17時55分

yukaさんへ
ありがとうございます。孫達もおじいちゃんが大好きでした。きっと見守ってくれてると思います。yukaさんもご両親お大事になさってください。

投稿: なお→yukaさん | 2006年3月25日 (土) 17時58分

こぱんさんへ
父は本当にきまじめだったので、健康に良いことは何でもしていました。そのせいか、方肺だったのにもかかわらず、長生きする事ができたのだと思います。まじめだから、植物になっても、手を抜くこともなく、一生懸命息してました。
こぱんさんのおっしゃるとおり、空の上でも、いろいろ心配して、応援してくれていると思います。ありがとうございます。

投稿: なお→こぱんさん | 2006年3月25日 (土) 18時08分

△イチおじさんへ
父はとっても厳しかったし、恐かったです。曲がったことは大嫌いでした。でも孫達には、やさしいデレデレおじいちゃんでしたよ。若い子の話にもついて行けて、「浜崎あゆみ好きか~?」なんて、聞いてましたから…
△イチおじさんのお父様は現NTTだったのですか、お忙しかったでしょうね!それから、子供は本当によく父の背中見てますよね。私もそうでした。
△イチおじさんのご両親ご健在だから、たくさん親孝行なさって下さいね。電話かけるのだって、親孝行だと思いますよ。

投稿: なお→△イチおじさん | 2006年3月25日 (土) 18時17分

うかっちょさんへ
うかっちょさんのお父様もですか?うちの父も「お金はあるか?って、よく言ってました。さだまさしの歌みたいですが、親は心配なんでしょうね~。いつまで経っても…。子供は子供なのですね。
私もかな~り心配ばっかりさせていたから、親不孝かな~って思ってたけど、今となっては心配かけたから、安心して逝けなかったのかも…。それはそれで、きっと親孝行ですよね。ご両親お大切に!ありがとうございます。

投稿: なお→うかっちょさん | 2006年3月25日 (土) 18時24分

なおさん、こんばんは!

お父様の大切な思い出を読ませていただき、
どうもありがとうございました。
お孫さんと一緒に過ごされ、とても楽しいひとときだったと思います。

私も、子供のことを抜きにしても、
私自身について、心配をかけてばかりで…。
この歳になっても、妹よりも私のほうが、
(お金の心配も含めて)よほど心配のようです。

まだ若いと思いがちだけど、自分と同様、
年齢を重ねているんですよね。
なおさんのお話を読ませていただき、
私ももっと親孝行しないと…と思いました。

投稿: さつき | 2006年3月26日 (日) 03時16分

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